小牧工業高校(KTHS)時代のマウス達

Last Update:10/12/1996

★MMPTとは

小牧工業高校の有志らで、MMPT87-88(Micro Mouse Project Term 1987-1988)を 組織してマウスの開発をやっていました。開発現場の写真を見てもわかりますが、 当時の開発環境は、NEC PC-8001+グリーンモニタ+パラレルI/F転送ボードという かなり貧弱なものでした。開発言語は、Z80アセンブリ言語。PC-8001上のオンメモリ アセンブラでちまちまとやっておりました。
#と言っても、3人だけ(安井教郎、鬼頭伸征、加藤裕司)でしたが。
また、MMPT87-88はKTHSCC(Komaki Technical High School Computer Club: 小牧工業高校 計算機部)と掛持ち で活動していたため、マイクロマウスの材料には困りませんでした(クラブ費から 材料費が出る。また、学科(情報技術科)の部品も自由に使えましたし。)

私たちの活動の以前にもMMPTは活動していたらしいのですが、全く記録が残って いなかった為、誰が何をやっていたのか全く不明でした。だから、私たちの活動は 何も無い、ゼロからのスタートでした。
#本当に何にもなかった。。ただ、引出しに穿孔紙テープで作った"MMPT"の文字が残っていただけ。。あと、がらくた(失礼)。そーいえば、元祖マッピーキットはあったなぁ。。

私たちが卒業した後にも、マイクロ・マウスを製作していたと聞きましたが、 あいにく私は情報を持っていません。。
#なにやら、ちゃんと迷路を走行し、それも速かったらしいです。


★MMPT A-Groupのマウス

二日酔いシリーズは、私が小牧工業高校在学中に製作したマイクロマウスです。 また、二日酔いシリーズの前身として、元祖マッピーキットのシャーシー部分を 流用して製作した、Road-1マイクロマウスがあります。
#実は二日酔いPart1 = Road-2です。
残念ながら、これらのマウスは迷路解析アルゴリズムを持たず、左手法で迷路を さまよい続けるマウスでした。;_;しかも、迷路の途中で必ず引っかかってしまう。 そういったマウスなので、皮肉を込めて、当時二日酔いと命名したのだと思います。

○論文

今、見返して見ると、とっても論文とは呼べないような代物ですが、一応公開 しておきます。
1988年愛知県高等学校産業教育生徒研究論文 マイクロ・マウスの製作

○二日酔い Photo's


★MMPT B-Groupのマウス

MMPT(Micro Mouse Project Term)は3人で活動していたのは、前記のとおりです。 ここで製作されていたマウスは、二日酔いシリーズ(Aグループ)と、これとは別に加藤氏が取り組んでいた、土生スペシャル(Bグループ)の二系統ありました。

#なぜ、土生(はぶ)スペシャルなのか? CPUボードが土生教諭の私物を提供して頂いた ものだったからだと思います。詳細は不明
後日、加藤氏とお話する機会があり、このマウスの正式名称は「タートル」である。とのことでした。命名理由は、遅かったから。。。だそうです。;-)
#また、このマウスはオートドライブ回路(設定値でステッピングモータを自動的に回す)を搭載していたのが特徴です。タイマーIC(555)基本パルスを生成し、でCTCでパルスカウントして距離制御を行なっていた。

○土生スペシャル Photo's


★KTHSCCの活動

ひしょう第52号(昭和62年2月29日発行)より

部活動だより:計算機部 安井教郎

デバック用迷路にて。左が鬼頭、右が安井
最近の傾向としてソフトウェア(ゲーム等)の製作が多くなってきていますが、 このような中で新しく取り組み始めたマイクロ・マウスの製作を紹介します。

これに取り組み始めたのは昨年の夏頃から(注:1987年夏ごろ)であり、まずハードウェア (光センサ、足廻り、CPUボード等)を作り始め、秋頃からソフトウェアの製作に 取り掛かりました。ハードウェアの製作は順調に進み、文化行事発表会(注:いわゆる 文化祭)の約一カ月前にほぼ完成しましたが、ソフトウェアの開発に手間取り、なかなか 思うようになってくれません。いかにロボットの制御が難しいかを、身にしみて感じました。

マイクロ・マウス大会もあり、16×16ブロックの迷路を、その端のスタートから中央の ゴールまでをできるだけ速く走行することを競い合う大会です。

壁にぶつからない完全なマイクロ・マウスを目指して頑張っています。


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